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10月7日(日)

場所は昨年までの六本木ヒルズとは違い、「東京ミッドタウン」にて。
私と、主人は、6キロの部に参加しました。
今年も一緒にありがとう♪
【6キロの部】
東京ミッドタウン→外苑東通り→芋洗坂→けやき坂・六本木ヒルズ→六本木通り→骨董通り→表参道→青山墓地→東京ミッドタウン
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ゲストの、荻原次晴さん、大野靖之さん、大原まゆさんの話や歌が聞けました。
大原まゆさんは、な~さん♪(budda88)さんのブログでも紹介があります。
(→若年性乳がん Ⅰ 『Mayu ココロの星』
当日は、熱があるということで、ウォークに参加はできないとのおっしゃっていましたが、
一生懸命、淡々とお話されていました。

荻原次晴さんは、昨年も(毎年?)、このウォークにゲストとして参加していました。
正直、司会の女性のリードがイマイチな中、
(この女性は普通の人で、乳がんについては認識が浅い方なんだと思います)
男性に対しても、一般の方に対しても、「乳がん」検診の大切さをしっかり訴えていました。
男性でこういう風にお話してくれる存在があるというのは、
とてもアリガタイな~~~~~と思いました。


ウォーキングの指導をしてくれた女性がいたのですが、
お話が印象的でした。
「姿勢が気持ちを作る」というような内容です。
上を向けば上向きな気持ちに、下をむけばうつむいた気持ちになる。

空を仰いで歩いていたいですね。

こんなものを作っていました。。。。。。しかし、、、、
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今年は、写真(↑)の小さなチラシを作りました。。。
去年は、人ごみを歩いたにも関わらず、歩くだけで精一杯でした。
前日の深夜、ビシビシつくって、朝、主人が一生懸命CUTしてくれたのですが、、、
でも、一枚も配れませんでした。。。。

コースが、人ごみを避けるようにルート変更され、
出会う人自体少なかったこともあるし、道行く人が若いカップルで気を使ってしまった。。。
ということもあります。。。でも、一番の理由は、「勇気が出せなかった」事。
でもマレーシアのサバイバーの影響を受けた私は(下記、関連記事集参照♪)、
去年のピンクリボンフェスティバルのバンダナを頭にかぶり、ド・ピンクのTシャツで闊歩しました。
それだけでも、人目をひき、アピールになったよね・・・?
日本のピンクは淡くなっていく傾向。。。恥ずかしがっている場合ではないのだ。

反省もありましたが、、、
うれしかったことも!
かこ。さんやっちさんとの再会!!!!
本当は参加予定していなかったもので、特に待ち合わせはしていなかったのですが、
みなさん集まっているかな~??なんて思い、ゴール付近を探してみたのです。
1年ぶり!!ちょっとウルウルしてしまいました~~~~~。

お互いがこうして元気に会えるというのは、なによりのこと。
乳がんブロガーになって、出会いもあるけれど、別れもあることを知ってる。
当たり前のことが、貴重なことすごく分かってる。本当にうれしかった。
笑顔を沢山心に刻んでいます。。。


他のメンバーの方々、突然、変なのがお邪魔しちゃってスミマセンでしたm(__)m
お疲れのところ、温かく迎えてくださってありがとうございました。
sakiさん、恥ずかしながら携帯でのご挨拶でしたね。
携帯かしてくださった方、ありがとうございました。

↓スポンサーさま、感謝デス。参加した甲斐あり(#^.^#)バックもなかなか?!
主人の分や、バッチも余分にもらったりしたので、友人に配り歩いています。
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***
<関連記事>
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●2007年参加したピンクリボンイベント、関連記事
①マレーシア:AVON Walk Around the For Breast Cancer にて
Japanese Survivor  
②AVONピンクリボンサポート・助成金授与式→未作成
2007ピンクリボンデザイン大賞
④ピンクリボンスマイルウォーク(当記事)

●2006年
ピンクリボン2006
ピンクリボン・スマイルウォーク2006

●2005年
カテゴリーの「私のピンクリボン」より
              →私のピンクリボン~その1・想い
                私のピンクリボン~その2・取材
                私のピンクリボン~その3・もとの体を取り戻す
                私のピンクリボン~その4・これも現実
                私のピンクリボン~その5・AERA


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by easy-easy | 2007-10-16 09:57 | -私のピンクリボン
前回こんな記事を書きましたが・・・ →光市 母子殺害事件について

「殺されるのと、死ぬのとは違う。」
これは加害者を批判しての言葉ですが、そう、死刑も人を殺すことも考えられる。

ふと思い出したことがあるんですよね。
小学校、、、か、中学かなあ。授業で「死刑は是か?否か?」と話し合う授業があった
もちろん答えのない授業。


今また、同じように問われるなら、「条件付の肯定派」です。

死刑のような罪を生み出さない社会を全力で、全員で作ること。
それを前提に、必要な刑であると思います。



「復讐」が認められていない日本はすごく理性的といえる。
ただ、その法律・社会的ルール(モラル)で裁ききれない人間がいたら。
また、「モンスター」がいたらどうしますか?
生き物として「死」をもって裁くことは、動物として必要ではないですか?

昔、大久保清(30人の強姦、強姦未遂と8人の殺害)とう事件があった。ビートたけしがTVで演じていたこともある。
そのときに、大久保清の性染色体は異常があると聞いた。
通常「xy」が「xyy」(「xyyy」だっけ?)で「超男」だった。
もちろん、彼が凶行に及んだ原因は、染色体の問題だけでなく、
生まれ育った環境や、性格、そういった体質など、複合的な要因によるものだろう。

 彼がジャングルで生活をしていたら、何の問題もなかったのかもしれない。
 僧侶として育っていたら、何の問題もなかったかも知れない。
 体質もあるから仕方ないのかもしれない。
 法律も結局人間が作るものだし・・・。

しかし、「社会」ってそんな曖昧さで成り立っているものではない。
「NO」なものは「NO」なのだ。

もし死刑が認められなかったら、
命を奪わないことは、一見、美しいことかもしれないけれど、
きちんとした更正が行われないなら、
結局加害者の人権侵害にしかならないと思う。
(薬を投与したり、拘束することなど)


人を裁くのは法律だけの基準ではない。
社会を構成する人間が、しっかり考えをもって、真剣に互いを尊重することが大切だ。

環境ホルモンや、有害物質の蔓延する世の中、
何か先天的に異常をもつ人間も増えていくことだろう。

小さいころから、ダメなものはダメ。と教育する、
人が見ていなくても、お天道様が自分のやっていることを見ている。
そういう意識をしっかり持たせることだ。

メディアでも、事実を伝えるだけでなく、
「やってはいけない事、起きてはならない事だ」という態度を、はっきり伝えるべきだ。

街で目を合わせて会釈をする機会が殆どなくなった。
小さい頃は、初対面でもすれ違うときに挨拶をするのが当たり前だった。
見慣れない人間、おかしい人間は、誰もがその行動「見ていた」。
それによって、社会の死角はなかったのだと思う。

今は、街中なのに、目撃者がいないことが増えていると思う。

凶悪事件は社会が防ぐものだと思う。
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by easy-easy | 2007-10-03 11:25 | ●トピック

忘れたくない日常を残そう、楽しくブログライフを過ごしていたら’05.1に乳ガンを宣告。温存できましたが3~5年前なら全摘のケース。1ヶ月入院、放射線後、ホルモン治療。下記カテゴリをクリック!!無断転載不可です


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