<   2007年 09月 ( 3 )   > この月の画像一覧

光市 母子殺害事件

事件詳細・経緯などは、下記リンク先をご参照ください。
事件の概要については本文中にも抜粋しています。↓
ウィキペディア・光市_母子殺害事件


被害者のご主人が目の前にした事実は、二人の遺体と、
死後、妻が犯されていたという事実。
裁判では、この3つの事実をこねくりまわしているだけなのだ。

人が二人も、しかも、簡単に窒息死なんかしない。
「屍姦」という事実に女性として強く恐怖と嫌悪感を感じる。


死刑でも、償いきれない罪だと思う。
罰をうけるべきなのではないだろうか。更生という概念は妥当なのだろうか。
死刑でないなら・・・同じ社会で、今後われわれと共存していくことはできるのだろうか。
そうなるなら、社会の中の死角に、彼をおいてはならないと思う。
顔と実名、今ドコで何をしているか、所在を常に公表して欲しい。GPSもつけて。名札もつけて。
今の日本の現状において、同じライン上で生活はできない。

そして、
弁護団が過剰な弁護をすることによって、少年の本来の反省すべき事実、論点が見えなくなり、更生はますます難しくなるように思う。

事件の真相に目を向けて欲しい、辛いという
少年の弁護士の泣いている姿をみて、それはそれで、嫌悪した。


色々と審議の過程がニュースになっていますが、
事件の第一報として耳にした事は上記のリンク(下記に概要を抜粋)にある通りだったと思う。

<概要>
「以下は、検察側主張、及びこれまでの判決が認定してきた内容に基づく事件の概要である。

1999年4月14日の午後2時半頃、当時18歳30日の少年が山口県光市の社宅アパートに強姦目的で押し入った。排水検査を装って居間に侵入した少年は、女性を引き倒し馬乗りになって暴行を加えようとしたが、女性の激しい抵抗を受けたため、女性を殺害した上で強姦の目的を遂げようと決意。頸部を圧迫して窒息死させた。
その後、少年は女性を屍姦し、傍らで泣きやまない娘を床にたたきつけるなどした上、首にひもを巻きつけて窒息死させた。そして女性の遺体を押入れに、娘の遺体を天袋にそれぞれ放置し、居間にあった財布を盗んで逃走した。
少年は盗んだ金品を使ってゲームセンターで遊んだり友達の家に寄るなどしていたが、事件から4日後の4月18日に逮捕された。」

(2007.9.21 ウィキペディア百科事典より引用。抜粋)

審議では目的、計画性がどうのとか、殺し方がどうのとか言っているが、
「屍姦」という事実に最も嫌悪感を覚える。
殺人」というキーワードが先に立ちますが、「婦女暴行(=強姦)」は女性の尊厳を著しく傷つけるものであり、生きていれば心は殺されたことと同じ位の傷をうけていたはずだ。
それが「屍姦」であれば、完全に女性の自由・意思を奪った上での行為。
人類として許せない。

18歳で・・・人として育てられてきたのなら、子供であれ、それが分からないわけがない。

近頃、何でも精神鑑定というが、精神異常であっても、
これだけのことをやってのけるのは、本人の強い意志と欲望だ。つまり「故意」だ。
欲望がコントロールできないのは動物と同じ。
動物は、どう猛なら鎖をつないでいなければならないし、抹殺される可能性だってある。
これが理由で、罪が軽くなるのは許せない。

「無期懲役」は刑期が定まっていないだけで、「出所」が可能だ。
そして、私たちの税金で刑務所で彼を生かし、彼の人権を保護しなくてはならない。

一審後、少年が知人にあてた手紙の抜粋を・・・・・

「知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。本村さん(※)は出すぎてしまった。
私よりかしこい。だが、もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。
ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、
私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君」

「犬がある日かわいい犬と出会った。そのまま"やっちゃった"・・・これは罪でしょうか」


※被害者の旦那さん
(2007.9.21 ウィキペディア百科事典より引用。抜粋)



彼は十分判って、やっている。


少年に未来があっても、、
亡くなった被害者の奥さんの弥生さん、娘の夕夏ちゃんの未来は、もう無い。


殺されるのと、死ぬのとは違う。



***
TOPのリンク先のページは、今後、編集が加えられる可能性もあります。
また、現時点で引用など著作権に触れるのではという議論があり、削除される可能性アリ。
なので、「概要」、「犯人である少年の手紙」の部分のみを抜粋して記載します。



追考→死刑をどう考えるか
[PR]
by easy-easy | 2007-09-21 07:31 | ●トピック

yahoo!ピンクリボンデザイン大賞・ユーザー投票
  (http://pinkribbon.yahoo.co.jp/index.html
投票期間は9月3日から14日。
発表は10月1日。このサイトの掲載は11月末までです。

いつもタイミングの逃してしまうのですが・・・ばっちり投票しました。

ピンクリボンの意味・早期発見の必要性が少しでも正しく伝えることができるように、、
患者のみなさん、関係者のみなさん、投票に参加しましょう。

こうした作品の中に、
世間一般の人たちの乳がんに対する認識の「現実」をみることができます。
分かりやすさも大切なのですが、、、

インターネットは不特定多数の人間が参加するものです。
その中で乳がん患者は非常に少ないと言えるでしょう。
患者、その家族、友人の一票こそが、率直な意見であると思います。
知らせていきましょう。

乳がんで悲しむ人が少なくなりますように。
そして一票を投じる勇気が、あなたの糧になりますように。

これまで、こんな背景もあります。

以前以下のような意見ブログをUPしたことがあります。
2005年のピンクリボン大賞の受賞作品についてです。
結局、ポスター部門で大賞をとった作品がポスターにはなりませんでした。
ピンクリボンの方向
  (http://easylala.exblog.jp/3570537/

それはなぜか?2006年のピンクリボン大賞を募集する際には、
色々な改善がみられました。
ピンクリボン2006
  (http://easylala.exblog.jp/5118064/

これまで30分の1と記載されていた乳がん罹患率。
今年は20分の1になっています。


あなたは何をを思いますか?


***
今年のデザインの中で、
何気にトートーバックのデザインでTシャツが並んでいるのがあるのですが、
ちゃんと20コのようでした^m^ 数えちゃった


------
[PR]
by easy-easy | 2007-09-04 14:46 | ●乳がんと社会を考える同盟

Japanese Survivor

2007.9.8 赤文字で補足いたしました。
b0028085_934362.jpg


AVON化粧品はピンクリボン活動を支援しています。

・AVONのピンクリボン活動について
~Avon Walk Around the World For Breast Cancer & 
                         エイボンピンクリボンコネクションツアー ~
http://www.avon.co.jp/kgbc/index.html

このリンクはAVON Japanですが、
このマレーシア版のイベントに参加してきました。2007年6月下旬のことでした。

話は、マレーシアからAVONジャパン、東京YWCAを通して、私のところに来ました。

6月は個人的に色々なイベントがあり、
引き受けるのは非常に迷ったのですが、主人や友人の支えもあり、
任務を全うすることができました。
ただ、準備の段階では予想していた以上に事務的混乱があり、
忙しいこともあって不眠気味になりました。多分一日2時間ぐらいの睡眠だったでしょう。
「今の自分にできる、できる限りのこと」
決して良い状況ではなかったし、
犠牲にしたものも、失ったものも大きかったですが、得た物もありました。

現地の人々の無条件の優しさでしょうか。
強烈なエールをもらいました。これは日本では感じたことのないものでした。

イベントを支えたマレーシアの患者会であるBCWAのホームページ内でもイベントについて触れられていて、色々なことがありましたが参加してよかったなと思いました。
貴重な体験であったことに変わりはありません。

BCWAの「2007 Activities ...」より
「However it was not just all entertainment. //
the “Walk around the World for Breast Cancer” Ambassador of HOPE from Japan shared her experience with breast cancer and touched many hearts in the audience. Subsequently she gave a Walk Around the World sash to Ms Tammy Tam, a breast cancer survivor from Malaysia. Tammy then shared her experience after breast cancer and the activities to enhance the lives of new survivors.」

2007年10月に、私がタスキをつないだマレーシアの女性が仙台に来日し、
同じようなイベントが行われると聞いています。
その際は、どうぞマレーシアからの仲間を温かく迎えてあげてください。

b0028085_10231397.jpg

↑マレーのVIPたち。王族系の方、大蔵省の副長官(女性の方)、マレーシア・タイ・ベトナムAVONの社長、BCWAのTOP
b0028085_9405952.jpg


滞在したクアラルンプールは、非常に美しい町でした。
とても近代的で、多民族、多宗教でありながら互いに共存する国です。
そのため、出会った人すべてが英語が堪能でした。
しかしながら、マレーシアでの現実について触れなければなりません。
事前に日本のAVON担当者から伺った話では、
貧困層とういうものがあり、その大半はマレー人(※)であるといいます。
彼らは「乳がん」というと病院に行くのではなく「祈祷」をすると聞きました。

(※)その時はマレー系マレー人と理解していました。

実際、行ってみると背景に他民族国家・他宗教ならではの「差」があるようです。
中国系マレーシア人、インド系マレーシア人、マレー系マレーシア人etcや
イスラム教、仏教、ヒンズー教、キリスト教といったように。
イベントでも人種別に罹患率など発表されていました。
貧困層には「インド系」の方も多く含まれているようです。
逆にお金のある、マレー系の方もインド系の方もいると思います。

しかしながら、「貧困」と「(祈祷のような)伝統的な治療方法」という要因が、
「乳がん」の生存率に関わっているといえます。

もちろんマレーシアにも乳がん治療はあります。

(英語力がないので、必ずしも情報は網羅しておりませんし、
具体的な治療内容までは分かりませんでした m(__)m )


そういった背景もあるのか、BCWAの活動は早期発見、治療の呼びかけ、
各村をまわって触診の方法を教えるなど、非常に具体的です。

私はバリ(=インドネシア)でマッサージにトライしたとき、担当した女性と話をしたことがあります。
彼女は私の傷に驚きつつ、非常にいたわってくれました。
そしてこんな内容を話しました。
「もし乳がんとわかっても、病院はお金がかかるから行けない。」

この現実と、日本における自分の現実、どう思いますか?

もちろん自分の治療に集中することは、最も重要です。
しかしながら、日本は情報がありすぎて、どうしても隣が気になったり、
自分のことに精一杯になりがちです。心配になるのも仕方ありません。

自分自身を見失わないために、「乳がん治療」の問題の根本について、
そして、未来の患者のために必要なことを考えることは、とても有効だと思います。

世界中に「乳がん」の患者さんはいます。
環境も、治療スタンスも違うかもしれない、
でも、サバイバーとしてがんばっている仲間たちがいます。

BCWAではびっくりするような写真も見ました。
乳がん患者たちがピンクのTシャツに身を包み、ドラゴンボートの競技に参加している写真です。2チームぐらいありましたよ。
日本でもチームを作りなさいよ~としきりに言われました
もちろん指導者はついているようですが、興味のある方は先生に相談の上やってみては。

思っている以上に、できること、あるんじゃないかな。

そもそも根本である「なぜガンになるか」がわからない以上、
今の乳がん治療は対処療法でしかなく、「予防治療」としか言えない。もちろん「根治」を目標とするものだけれど。
今どう生きるかが大切なのではないでしょうか。強く生きてほしい。

社会へのアピールだったり、寄付をつのったり、自分の体験を伝えたり・・・・
早期発見の必要性の本当の意味は、私たちにしか伝えられません。
自分ができることをやっていきましょう。

b0028085_10341491.jpg


***
<関連記事>
東京YWCAへのリンクがあります。
私のピンクリボンその3・もとの体を取り戻す

<参考サイト>
マレーシア観光局のHP
・ドラゴンボートについて:日本ドラゴンボート協会

***
ご無沙汰しております。
久しぶりにPC作業をしていたら、やっぱり三叉神経痛で首と目と顔がいたい・・・
ボチボチやっていこうと思いますので、気長にお付き合いくださいませm(__)m


-----
[PR]
by easy-easy | 2007-09-03 09:00 | -私のピンクリボン

忘れたくない日常を残そう、楽しくブログライフを過ごしていたら’05.1に乳ガンを宣告。温存できましたが3~5年前なら全摘のケース。1ヶ月入院、放射線後、ホルモン治療。下記カテゴリをクリック!!無断転載不可です


by easy-easy