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イナバウアー

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曲がってない・・・こんな元気になりました。
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by easy-easy | 2006-02-26 15:30 | -退院後の日々
レスが遅れています。。。ごめんなさい(T_T)どうやらインフルエンザらしいんです。
水曜日の夕方に突然の発熱。38度から一気に39.64℃・・・ありえない・・・・・・・

翌日も39.06度、、、
インフルエンザ検査、鼻に長~い綿棒みたいのを突っ込まれて、軽い拷問っす。
しかーし、結果は(-)。
感染後24時間経たないと反応って出ないらしいんです。
「う~ん。症状としてはインフルエンザ。先日付でタミフル飲んでください。」

ゾラデックス注射もして、ノルバデックスも2ヶ月分タンマリもらって、そしてタミフル、解熱剤、、、
お会計27600円ナリ
諭吉が3人いなくなった。メマイします。

金曜日も38度~39度を行ったりきたり、、、現在にいたります。。。
みなさま風邪にはご用心!!       ・・・・・・((  気絶  ))・・・・・・
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by easy-easy | 2006-02-18 18:45 | -退院後の日々

プール・プール・プール

乳がん患者向けの運動プログラムは12月で終わってしまったのだけれど、
その教えを生かすべく、時々近所の区民プールに行くようになりました。
1人で黙々と頑張ってます。
意外とみんな自分の事だけに集中しているようです。
なので、着替えも動作も人目を感じません。(壁際ではありますが)
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肩の筋肉、ワキの筋肉を意識して歩きます。
痛めないように水面から肩は絶対に出しません。
最初は物足りなくても本当にゆっくり。20~30分は歩きます。
運動量より肩の筋肉一本一本に働きかけることが優先。
また、ビート板をかりて両手でプッシュして沈めたり。これは相当力が要ります。
ただそれ以上は肩や腕を使いすぎないように、脚だけの運動に切り替えたりしました。
少しずつではありますが、この一ヶ月で平泳ぎやクロールができるようになりました♪
水を含んだ水着はとっても重くなります。念のため腕に弾性スリーブを装着して帰ります。
***
<関連記事>
YWCA・アンコアについて:私のピンクリボンその3・もとの体を取り戻す
リンパ浮腫について(カテゴリと同様のリンク記事)
 乳がん手術の後遺症・リンパ浮腫について その1
 乳がん手術の後遺症・リンパ浮腫について その2(治療)
 乳がん手術の後遺症・リンパ浮腫について その3(私の場合)
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by easy-easy | 2006-02-13 18:07 | -退院後の日々
yaccoさんの記事でオンラインで2005年10月の日本医学会のフォーラムの内容が
オンラインで見ることができることを知りました。オススメです。
乳がん患者のひとりごと
(Online ライブラリー : 第1回 日本医学会公開フォーラム)


日本医学会ホームページ
  テーマ:医学・医療の今―がんに挑む(シリーズ1)
  日時:平成17年10月8日(土)13時~16時

([Online ライブラリー]-[日本医学会公開フォーラム]-見たい講演をクリック)
http://www.med.or.jp/jams/index.html  

ここで放射線治療について講演されている廣川裕先生・・・
放射線治療って本当に効くの?なんて思っている人は是非見ていただきたい。

easyの放射線治療でお世話になった先生の1人なのです。
毎週診察していただいておりました。
機械もこのスライドの通り・・・ああナンだか懐かしい。
写真もデータも、見覚えがある。

手術・治療はO病院で受けていたのですが、
放射線治療の機材の入れ替えで別の病院を探して通いました。
放射線治療のみJ大へ。
治療後のフォローはK先生のみになってしまいましたが、どうやらお元気そうだ。

具体的に突っ込むeasyに対して廣川先生は一つ一つ応えてくれました。
ある日、学生3~4人が診察の見学に来ていたときのこと。
先生 「easyさん、患者の立場から彼らに何か言ってやってください」
easy「この治療(放射線)にかけてるんです。」
先生 「患者さんは常に命がけなんだ。」

先生は講義を兼ねて私に色々な写真を見せてくれた。

上記オンラインライブラリーの廣川先生の講義を見ていただきたい。
(スライド一覧の4番目のグループ)
その中に胸骨リンパ節転移の方の写真がある。
首の辺りにコブシ大ぐらいあろうかという癌の塊が突出している。
しかし!放射線治療後の写真も見て欲しい。
そのコブがキレイに無くなっているのだ。

他に、一方の乳房は全摘出。もう一方の乳房は温存(+放射線)した方の
写真を見せていただいた。
全摘と温存(+放射線)が同じ再発率であるデータの象徴だった。

データやこういった昔治療を受けた方の写真を見ながら、涙が出てきてしまった。
壮絶な胸の傷をかかえながらも、がんばって生きた人たちがいるのだ。
いまの標準治療・・・その模索に貢献し、未来を見出した人たちがいたのだ。


先生はちょっとびっくりして
「辛い写真も多かったかもしれないね。
でも、放射線治療はこれほど効果のあるものなのです。」


ごめんなさい。わかります。わかります。
放射線って見えない良くわからないものだけど、
病院を探すときは落とし所のない分野で不安ばっかりだったけど、信じます。信じます。
断端だって絶対大丈夫だって、今は思えます。
先生、ありがとう。
***
<関連記事>
放射線治療の日々(治療のメカニズム・下着など)
治療(その3局部的な再発防止の治療)
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by easy-easy | 2006-02-07 17:23 | -局所(放射線治療)
去年の今頃(?)の話です・・・

12月28日に検診。
年末年始をはさんで2005.1.5.の17:30に南青山ブレストピアで結果を聞く予定。

まだ、乳がんって確定したわけじゃない。
年末には父の命日でお墓参り。
お正月には入籍してからはじめて彼を親戚に紹介したりした。
ハローワークで募集していたweb系コースの講習も受ける予定。
次へのステップをもくろんでいた。
その日は、その入校式の日でもあった。

一方、沢山ホームページや、写真を見た。沢山の術後の写真を見た。

時間通り17:30にブレストピアへ到着。
しかし、、、
「他の患者さんがいらしていて、その方の検査の後でもよろしいですか?」
いやな予感がした。

手帳にこう書く「がんだったら私どうするんだろう」当初、先生は「良性かも知れないから」と励ましてくれていた。
良性ならば、悪性に転じる可能性はないのだ。

でも悪い予感は的中。
「easyさん、、、悪性だった」色々な配慮から、最後にまわされたのだ。

みっともないから冷静でいるつもりだった。
でも、涙があふれてきた。

「悪性ってことは、ガンですか」
「ガンです。」
「誰がどう見てもガンですか」
「間違いないです。」

結果が誤るケースのありとあらゆる場合を想定した。
でも、結果が変わるわけじゃない。

今後の話になった。
早く治療のベルトコンベアーに乗っかりたかった。

Sマリとか、Sロカとか有名なところは手術までに1ヶ月以上待つという。
先生は、T病院、O病院の案を出してくれた。
O病院!!昔上司が事故にあって運ばれ、奇跡の生還を果たしたところではないか!
決まりだ!

主人に直接説明してもらうことにした・・・
主人の勤務先へ電話。すぐに来てもらうことにした。
M先生も待ってくれるという。

こんな状態の自分の説明で彼が納得してくれるか不安だった。
セカンドオピニオンの要否、病院選びについて
二人の考える方向のベクトルがチクハグになってしまったら、
お互いが辛いし、間に合うものも間に合わなくなってしまうカモシレナイ。


M先生に彼を含めてもう一度説明してもらった。
そしてO病院のH先生に予約を直接入れてくれた。

ブレストピアを後にして、彼に
「O病院で即答しちゃったけど、いいよね?他に探す?」ときいた。

彼の返事はこうだった。
「M先生も、看護婦も、
ボクがどんな質問をしても絶対にeasyの目を見て答えただろ?
患者が一番不安だって言うのが、良くわかっている人達だ。
信頼できると思う。」

***
今から思えば、
自分の中で、このときは温存できるかどうかが、大きな問題だった。
切り方までは考えられなかった。
保険適用外ではあるが「センチネルリンパ節生検」という選択肢があることを
私は知らなかった。(このとき標準治療にも入っていなかった)
手術を受けたのは右の利き手側だった。リンパ浮腫という後遺症になやむ。
もし、これを知っていたら、普通の大学病院やSロカ病院を選んでいたかも知れない。

センチネルでなかったが、これでよかったのだと思う。
私自身の他の治療の要素があるし、
5%の取り残しのリスクを考えれば、これでよかったのだと思う。
温存できた胸の成形の状態を見れば、かなり脂肪を移動させることができ、
良い状態だ。そういう面からも、これでよかったのだと思う。

「センチネルリンパ節生検」といっても、結局リンパ節の郭清してしまうことが殆どだという。
しかし、その数は最低限に抑えられ、2箇所の切り口も大きくはない。
3日で退院する人も多いようだ。
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by easy-easy | 2006-02-01 11:36 | -手術までの日々

忘れたくない日常を残そう、楽しくブログライフを過ごしていたら’05.1に乳ガンを宣告。温存できましたが3~5年前なら全摘のケース。1ヶ月入院、放射線後、ホルモン治療。下記カテゴリをクリック!!無断転載不可です


by easy-easy