カテゴリ:-手術までの日々( 5 )

去年の今頃(?)の話です・・・

12月28日に検診。
年末年始をはさんで2005.1.5.の17:30に南青山ブレストピアで結果を聞く予定。

まだ、乳がんって確定したわけじゃない。
年末には父の命日でお墓参り。
お正月には入籍してからはじめて彼を親戚に紹介したりした。
ハローワークで募集していたweb系コースの講習も受ける予定。
次へのステップをもくろんでいた。
その日は、その入校式の日でもあった。

一方、沢山ホームページや、写真を見た。沢山の術後の写真を見た。

時間通り17:30にブレストピアへ到着。
しかし、、、
「他の患者さんがいらしていて、その方の検査の後でもよろしいですか?」
いやな予感がした。

手帳にこう書く「がんだったら私どうするんだろう」当初、先生は「良性かも知れないから」と励ましてくれていた。
良性ならば、悪性に転じる可能性はないのだ。

でも悪い予感は的中。
「easyさん、、、悪性だった」色々な配慮から、最後にまわされたのだ。

みっともないから冷静でいるつもりだった。
でも、涙があふれてきた。

「悪性ってことは、ガンですか」
「ガンです。」
「誰がどう見てもガンですか」
「間違いないです。」

結果が誤るケースのありとあらゆる場合を想定した。
でも、結果が変わるわけじゃない。

今後の話になった。
早く治療のベルトコンベアーに乗っかりたかった。

Sマリとか、Sロカとか有名なところは手術までに1ヶ月以上待つという。
先生は、T病院、O病院の案を出してくれた。
O病院!!昔上司が事故にあって運ばれ、奇跡の生還を果たしたところではないか!
決まりだ!

主人に直接説明してもらうことにした・・・
主人の勤務先へ電話。すぐに来てもらうことにした。
M先生も待ってくれるという。

こんな状態の自分の説明で彼が納得してくれるか不安だった。
セカンドオピニオンの要否、病院選びについて
二人の考える方向のベクトルがチクハグになってしまったら、
お互いが辛いし、間に合うものも間に合わなくなってしまうカモシレナイ。


M先生に彼を含めてもう一度説明してもらった。
そしてO病院のH先生に予約を直接入れてくれた。

ブレストピアを後にして、彼に
「O病院で即答しちゃったけど、いいよね?他に探す?」ときいた。

彼の返事はこうだった。
「M先生も、看護婦も、
ボクがどんな質問をしても絶対にeasyの目を見て答えただろ?
患者が一番不安だって言うのが、良くわかっている人達だ。
信頼できると思う。」

***
今から思えば、
自分の中で、このときは温存できるかどうかが、大きな問題だった。
切り方までは考えられなかった。
保険適用外ではあるが「センチネルリンパ節生検」という選択肢があることを
私は知らなかった。(このとき標準治療にも入っていなかった)
手術を受けたのは右の利き手側だった。リンパ浮腫という後遺症になやむ。
もし、これを知っていたら、普通の大学病院やSロカ病院を選んでいたかも知れない。

センチネルでなかったが、これでよかったのだと思う。
私自身の他の治療の要素があるし、
5%の取り残しのリスクを考えれば、これでよかったのだと思う。
温存できた胸の成形の状態を見れば、かなり脂肪を移動させることができ、
良い状態だ。そういう面からも、これでよかったのだと思う。

「センチネルリンパ節生検」といっても、結局リンパ節の郭清してしまうことが殆どだという。
しかし、その数は最低限に抑えられ、2箇所の切り口も大きくはない。
3日で退院する人も多いようだ。
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by easy-easy | 2006-02-01 11:36 | -手術までの日々
去年の今頃のシリーズです・・・<関連記事:病院選び 検診するところから重要
  
11月下旬にしこりに気づき、、、
でも、12月になってもどこの病院に行くべきか決心はつかず。。。
その間、少しずつしこりが大きくなってくるのを感じていました。

入籍してから初めて、
彼の友人や、私の学生時代の友人を新居に呼ぶことも。
 ・彼の友人を呼んだのはシコリに気づくまえ・・・
  「ああ・・・済ませておいてよかった・・・」
 ・私の学生時代の友人を呼んだのは12月のことでした。友人の1人の結婚のお祝い兼ねて
  「今のうちに良くしてくれた彼女たちに恩返しがしたい。最後のチャンスかもしれない」
  できるだけの事をしたい。そんな気分。

体調も不調。怪我と、風邪なのかなんなのか、微熱と、めまい。
一日起きていると背中が痛くて仕方ない。

だんだん、不安はMAXへ。
「そんなんだったら、早く病院で一回見てもらえばいいじゃないか」
彼は無事を信じてる。
そ、そうなんだけどね。でも調べがつかないんだってば・・・
インターネットで、乳腺とか、乳腺外科とか調べても、
ホームページはどこもちぐはぐ、本屋にいっても答えがあるわけでもなく。。。

今から思えば、、、
「乳腺外科」の表示の許可がおりたのは2004年10月のこと。
どこの病院のホームページも「工事中」だったのです。
「外科」「放射線科」から探すということに気づいたのは年末間近・・・・
本屋では、どれが最新の情報なのか、素人には判断しかねるのです。

12月27日:
・T病院へ電話・・・女性の先生がいるっていうし・・・
 「放射線科の検査の予約は4ヶ月先になります」
 え~。これで調べるのに1ヶ月。手術までに1ヶ月だったら、、、
 ガンだとしても半年先に手術ってことじゃん。死んじゃうよ。

・インターネットでは予約が一杯だけれどダメもとで
 「南青山ブレストピア」に電話予約。
 キャンセルが出ていて翌日朝一受診することに。本当にラッキー
 振り返ってみても、ここの医療機関に出会えたことは幸運。
 その後も、私にとって大きな支えとなっています。
 

12月28日:乳がん検診。
 マンモグラフィー+エコー+針生検 まで一気に終了。
 所要時間は着替えも含めて1時間半~2時間ぐらい
 ※自由診療で保険なし。普通の病院で異常が見つかれば3割負担。
針生検の病理結果が出るのは1月5日。
通常3日後なのですが年末年始にかかってしまいました。

当日の様子ですがー検査を受ける当日、緊張はMAX。詳細は以下の通りです。。。

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by easy-easy | 2005-12-31 20:15 | -手術までの日々
振り返って、去年の今頃・・・シリーズ!

シコリを見つけたんです。

目が覚めて、ちょっとチクッとしたのか、何気なく右胸のトップに手を触れたら・・・
夏にはなかったものがある!ナンダコレ!!
でも、5ミリより大きく1センチはない感じ・・・ネリケシのような。。。

全身血がサーッとさがりました。
何か確信がありました。絶対乳がんだって。
「やっばい。私なにしてんだろー」
でも主人に話して・・・
でも「気のせい・・・気のせい・・・」そう言い聞かせてました。

時々、自分で触診していました。
お風呂に入ったときに、石鹸をつけて。
でも、案外「乳首」って触らないもんですよね。盲点になっていたかも知れません。

どうしても長崎に行かなくてはならない用事がありました。
でも楽しい長崎旅行でしたーーーカテゴリ「遠くへ・・」ご参照ください♪
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                                     (ステキな作品みつけました♪)

バタバタと日々が過ぎていくことになります。
怪我もしてシコリどころではなくなり・・・

何か気のせいかも!と言い聞かせていたころで、
でも不安だったときの日記です・・・
今から思えばずっと、右ばっかり怪我してるんですよね。

<12月7日>

もー怪我とか風邪とかばっかり。

疲れやすくて、背中が痛くなる。もーケガとか風邪とかばっかり。
  
  8月の終わり 左足の親指をつき指
 
  9月6日    右足首打撲と靭帯損傷。そのあと3件医者にたらいまわし。
           いためてすぐに医者にいけなかったからなんだけど。
 
  11月23日  右手の親指を車のドアにはさむ。ツメの下のない出血は拷問といっしょ。
           いたくてねむれなーい。

  11月30日  風邪をひいた。のどにきて、12/7のいまになってもなおらない。
           咳がつらーい。
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by easy-easy | 2005-11-21 15:07 | -手術までの日々

ふ~~~~~・・・

はーーーーーすごい、だるい。どっと疲れが出ます。これは治療に伴うものです。
放射線のあたっているところが、ヒリヒリします。なんだか痛みもあります。
そして、ホルモン治療の薬のホットフラッシュという、かーっと熱くなる副作用で
なんだかクラクラ。
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手帳や、ブログをさかのぼってみたら、手術前日にメモしていた内容とか、検査の後メモした日記みたいなものが出てきました。まとめてみました。

思い起こせば
写らない病巣・・・後日談←2005.06.12追加

こうしてみると、今は、治療の不安はあっても、本当に気楽です♪
麻酔が切れるまで、乳首が残るかどうかも分からなかったし・・・
そして、リンパ節に転移してるかどうかも分からなかったし・・・
手術の前日は、自分が死ぬんじゃないかぐらいの気持ちでした(笑)

まあ、手術中は全身麻酔だったので本人が一番楽。
家族は3~4時間、途中経過も分からずに待たされてたわけですから・・・
検査から手術までが一番精神的にしんどかったなあ。

病理結果が出るまで、一ヶ月近くかかったので、
色々な本も読んだし、マンモの仲間(乳がんで入院してたお仲間)と話したりして、
いつの間にか誰よりも心の準備ができました。
そのうちに、入院生活の話もまとめておこうかな。

病理結果を家族よりも先に先生に聞きました。
リンパ節へのガン転移は無かったのですが、先生に、
「リンパ節が全部ずいぶん腫れてたからね~~~いや~だめかと思ったよ」
と言われました。
ギリギリのところで体が戦っていたのかな。
色んな病気などで体の力がなくなれば、ガンはもっと広がっていたかも知れないし。。。
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by easy-easy | 2005-04-04 17:33 | -手術までの日々

思い起こせば

12月7日  しこりに気がついたころ
  (※)11月21日ぐらいに右胸のしこりに気がつきました。チクッと痛みがあって。
     まだ、何か気のせいかも!と言い聞かせていたころで、
     でも不安だったときの日記です・・・
     今から思えばずっと、右ばっかり怪我してるんですよね。

もー怪我とか風邪とかばっかり。

疲れやすくて、背中が痛くなる。もーケガとか風邪とかばっかり。
  
  8月の終わり 左足の親指をつき指
 
  9月6日    右足首打撲と靭帯損傷。そのあと3件医者にたらいまわし。
           いためてすぐに医者にいけなかったからなんだけど。
 
  11月23日  右手の親指を車のドアにはさむ。ツメの下のない出血は拷問といっしょ。
           いたくてねむれなーい。

  11月30日  風邪をひいた。のどにきて、12/7のいまになってもなおらない。
           咳がつらーい。

  
12月28日 検査を終えて
  (※)もう、胃に穴があきそうなくらい、生検などのなれない処置や、
     不安で、緊張は超ピークでした。
癌かも知れない

  細胞組織の検査中。
  局所麻酔が切れてきて、検査の傷跡が痛くなってきて。

  ガンかも知れない。

  普段は明るくて、ただのいい人の私。
  実は不安でたまらない。
  幸せでも 不安になってしまう。
  自信のない私。

  こんなところで、ぐちぐち言ってるしかない、
  こんなところに、思いを詰め込むしかない私。

  彼は分かち合ってくれるというけれど、
  ずっとそばにいてほしいから
  あなたの不安を大きくしたくない。

1月25日 手術の前日
病室で・・・
  <略>
  独りでいきていたら手術を受けようとは思いませんでした。
  生きるために手術を受けようと思いました。
  あなたと一緒に生きるためです。

  ただ、今はふとしたときに涙が出ます。 
  さみしさからです。
  まだ、私の右胸には感覚があります。
  先はぬくもりを感じます。
  抱き合えば、ふわっとしたぬくもりを感じていました。
  それが無くなる。さみしくて


  術後の結果によっては、抗がん治療や、ホルモン治療が必要で、そうすると
  子供がもう産めないかも知れない。
  あなたは子供を楽しみにしていたよね。そう思うと、よぎると涙が出てしまいます。

  乳がんとわかっていから21日間、とても幸せでした。
  あなたに見守られて
  家族や友人に見守られて幸せでした。
  この前の、挙式の写真はお気に入りです。
  いつものやさしいあなたが、そのままの
  やさしいほほえみで写っていて、
  二人の集大成ですね。 
    <略>
  私は、舞い上がってしまって、
  目の前にある現実をうまく受け止められなくて記憶があいまいです。

  ずっとずっと二人が幸せでいられますように。
  あなたを守っていけますように。
  色々な人達に心配をかけて、ごめんなさい。
  辛いね、きっと辛い思いや、嫌な役回りをしているね。
  負担をかけて本当にごめんね。

  二人がいつも笑顔でいられるよう、がんばってこようと思います。
  支えてくれて、すべてを支えてくれてありがとう。
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by easy-easy | 2005-04-04 17:30 | -手術までの日々

忘れたくない日常を残そう、楽しくブログライフを過ごしていたら’05.1に乳ガンを宣告。温存できましたが3~5年前なら全摘のケース。1ヶ月入院、放射線後、ホルモン治療。下記カテゴリをクリック!!無断転載不可です


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