その後・・・温存について③

去年8月・・・去年今ごろは、入籍したお祝いを友人にしてもらった。     
7月末に調子が悪くて仕事を辞めて2週間が過ぎた頃。
まさか、数ヶ月後に乳がんになるとは思っていなかった。
(→挙式は直前友人への手紙
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贅沢な話なのだが、もっと複雑なガンで苦労されている方もいるのに、
治療方法については未だに「これでよかったのか」ぐるぐると悩むことがある。
外科治療についても、全身治療についても。

部分郭清という方法で温存手術をうけた。
脇下の・・・腋窩リンパ節は確か10個とった。結局転移はなかった。
先生は、「リンパ節が全部腫れていたのでダメかなーと思った。よかったねえ」
とおっしゃっていた。経験的な感覚だと思う。
センチネルリンパ節生検を知っていたら・・・と思うことが多かった。
ただ取り残しのリスクがあるぐらいなら、郭清して良かったと思うのだが、
放射線治療したら同じだったんじゃないかとか・・・
術後も、中々どうして苦労している。

でも、どんな方法にしても
右胸の感覚も、機能も、腕も元のようには戻らないのだ。
看護師さんに、「傷キレイですねー」といわれても
傷をほめられても昔の胸が戻ってくるわけではない。
未来に、赤ちゃんにお乳を出すこともできない。

放射線治療後、胸の表面も、形もほめられるほどに良くなった。
脇の三分の二ぐらいの面積も、照射したので毛が生えない。
胸から脇にかけて照射した範囲通りに、四角く黒ずみが浮かび上がることがある。

色々な幸運。。。リンパ節転移前だったこと、温存できたこと、全身治療の選択に
ホルモン治療があったこと・・・
全てに感謝したいのに、素直に感謝できない自分をどうにもできない。
私のQOLってなんだろう。

去年の今頃とは同じになれない。
でも、なんとか胸をはって生きて生きたいのだ。
色々なことを乗り越えて、一緒になれたあの人と、少しでも長く生きて生きたいのだ。

ホルモン治療(ノルバデックス2年+ゾラデックス2年)の
副作用(視力低下・ホットフラッシュ・アトピーのような肌荒れはオサマッタ)と
胸・腕の運動機能を取り戻すことは、なかなかうまく行かない。
もっとチャッチャと順調に生活が進むものだと思ってた。
彼もそう思っていたに違いない。

逆に、怪我が増えたり、傷の痛みでなんだか白髪が増える一方。
術後に白髪がワーッと発生。その後も目立つところにチラチラと出没する。
本人は元気だし、前向きなつもりなのに、シラガなんてー死ぬほどイマイチ。
メゲルんだよなあ。。。こういうの。

私のQOL、、、
自分の生活を取り戻すこと、自分の誇りを取り戻すこと。。。
本当の昔と決して同じにはなれない自分。
彼への負担もある。。。自分に苛立ちを覚える。
「なんでガンになんか、なっちゃったんだろう」

今日は、暑いからいけないんだ。
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by easy-easy | 2005-08-12 14:15 | -退院後の日々

忘れたくない日常を残そう、楽しくブログライフを過ごしていたら’05.1に乳ガンを宣告。温存できましたが3~5年前なら全摘のケース。1ヶ月入院、放射線後、ホルモン治療。下記カテゴリをクリック!!無断転載不可です


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