その後・・・温存について②

馴染みの店員 : 「Mちゃん(旧姓)全然胸かっこいいよ!」
私         : 「でしょーーー」
馴染みの店員 : 「最近の技術ってすごいんだね!私、豊胸しようかなー」
私         : ((ーー;)・・・)
7月のある日のこと。バリ島から帰ってしばらくして、昔なじみの下着屋に行ってきた。
アトピー気味の私は、そこでよくシルクで裏打ちした下着を購入していた。
放射線治療が終わって2ヶ月。黒さはあるが、腫れも引いてきていた。
傷も前より生々しくなく、見れる感じになってきた。
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ブラジャーを試着するときに、彼女は小さく手を止めた。
右胸を寄せるときに、皮が伸びないこと、乳房内部の硬さにギョッとしていた。

私         : (あいたたた・・・引っ張られると痛いや~~~っ(^^ゞ)
            突然、ホットフラッシュ・・・汗ダラダラ)


「温存」かつ「乳頭、乳首」を残せた幸運の秘訣は
皮膚に厚み、伸縮性があったこと。
胸にボリュームも、脇に皮下脂肪もあったこと。

ただ、胸としての機能はないのだ。
手術前、MRでシコリ以外にガンと判断できない影があった。
胸の機能の代償に、放射線で死んでくれてるといいのだが。。。



(つづき)
放射線治療は5/2に終了。
脇から追加照射をかけたところまでは皮が赤むけて体液でベトベトで大変だった。
部分郭清して、十分な期間をおいていたからか、水ぶくれ痕にはならなかった。
照射の疲れもひどかった。
照射の印も、奴隷とか物みたいで嫌だった。

南青山ブレストピアから紹介してもらっていった○立の病院だったが、
多分、先生は名医だ。
左胸より1サイズ小さいぐらい。ブラジャー無しでも垂れない胸に仕上がっている。

ただ、左右差はある。。。実を言うと、胸には結構自信があったのだ。

手術の直後は、えぐいし、痛いし見られなかった。
傷がついてからは、隣の全摘だったマンモの同志と見せあいっこした。
彼女の体はすごくきれいだった。
私         : 「Kさん、なんだかキレイ・・・」
Kさん       : 「そうね~キレイによくまあ真っ直ぐに・・・切れてる。。。
             easyさんも、よく出来てるわよ~すごいわね!!」

(ずっと、誉めあう二人だった・・・)
Kさん       : 「ショックじゃない?
             (病理の検体見て)うちのお嫁さん泣いちゃったの」
私         : 「全然ショックじゃないですよー。
            色々な写真みてたから、ちょっとドキドキしてたけど、
            キレイでびっくり、、、っていうか、なんだかホッとした~~~。
            病理は肉の塊そのものだから、そりゃエグいですよ。」


Kさん、、、元気してますか?
ひしゃげてた乳首もうまい具合に水がたまったのか、まっとうな感じになってきました。
放射線治療は、受けなきゃ良かったと思うぐらい、胸が汚くなりましたが、
ようやくおさまってきました。
傷口はまだ傷みます。胸から続く体の横の傷が特に。脇の脂肪がないからでしょうね。
寝返りのときは、そーっと、そーっと。
中身はまだ硬い塊があるみたいな感じです。多分、変形を防ぐために寄せた組織です。
脇の下~背中にもシビレがあります。
脇のスジは相変わらず浮いてます。脂肪をとるので、浮いてしまうのは仕方ないようです。

かっこいいって言われたよ。ブラジャーも必要ないって。垂れないから(爆)
でも、左だけブラジャーするわけにいかないからねえ。

結局、そこでは下着は買わず(買えず?)に帰ってきました。
なんとか、昔のブラジャーを改造してもらえないか思案中。
今は、KEA工房のブラ&手作りパッドのお世話になっています。
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by easy-easy | 2005-08-08 15:09 | -退院後の日々

忘れたくない日常を残そう、楽しくブログライフを過ごしていたら’05.1に乳ガンを宣告。温存できましたが3~5年前なら全摘のケース。1ヶ月入院、放射線後、ホルモン治療。下記カテゴリをクリック!!無断転載不可です


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